不眠症の夜

2004年7月16日
 眠れない夜は、全ての要素を障害と思う。

 窓から差し込む街灯。夜道を走る自動車の気配。室内におぼろげに光る家具。自分自身の身動きが為す物音。一挙手一投足と意識すればするほど激しくなる呼吸と鼓動。全てが眠りを阻み、苛む。

 その夢遊病者が床で悶々としていると、猛暑の中開かれた窓の外から、国道を走る暴走族の音を聞いた。不必要なまでに過剰なエンジン音は、夢遊病者の眠りを妨げる。

 消えろ。

 そう思った刹那、エンジン音とタイヤの軌跡は消滅した。まるで空耳であったかのような錯覚を受けた。空耳というには語弊がある。音が消えてしまったのだから。

 消えた理由はわからないが、兎に角夢遊病者は再び眠りに就こうと努力した。夏の暑さと、窓から入る街灯の光に耐えながら、必至にイマジネーションを否定して無心になろうとする。だんだんまどろみかけたそのとき、再び車が放つ音が耳に入った。

 救急車のサイレンだ。真夜中は、真夜中だからこそ事故が起こりやすいのか。不眠症の夜は初中救急車や消防車のドップラー効果を聞く。当人達にとっては一大事であろうが、一般車両や暴走族のエンジン音にならんで、眠りを妨げる障害の一つだ。

 サイレン音とその赤い光を鬱陶しがる夢遊病者は再び思った。

 消えろ。

 その瞬間。音は消えていた。サイレンは消滅したのである。しかし、赤い回転光だけは消えていなかった。光害の要素である街灯を遥かに超越して気になる光だ。

 消えろ。

 不思議なことに、障害の消滅は当然のものとなっていた。赤い光は消えた。ついでに街灯も消えていた。

 夢遊病者の五感は完全な無を感じていた。安眠を許された彼は、まどろみ、眠りに就く。

 永い眠りに就いた彼が、二度と起きることはなかった。

 (改題夢遊病者の死)

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