受験日記(一)
2006年2月24日 朝八時に起床する。明日は入試である。少々遠方なので、前日から現地入りすることにする。別に地元から朝行けない距離ではないが、やはり新幹線などに乗るとコンディションを悪くするので前日から行くべきだろう。下見も必要だし。
久々の一人旅だ。今日はのんびり行って、のんびり下見して、のんびり散策して、宿でまったりするぞ。
なんて思っていた。同じく受験に向かう兄と方角が同じだったから、わざわざ兄の分の指定席も俺が取っておいてあげたので、新幹線は途中まで二人だが、本質的には一人旅である。本質的には。
新幹線の待合室でぼんやりとしていた。周囲を見ると高校生らしき私服の人間や、どうみても高校生の制服の人間がいる。平日の朝に新幹線のホームだ。どう考えても受験生としか考えられない。仲間が多いなぁ。そうぼんやりしていたら、一人マスクを付けた受験生らしい男が立ち上がった。目が合う。その男は目配せをしてきた。
驚いた。マスクのせいでわからなかったのだ。学校の友人Sだった。しかも、同じ大学の同じ学部を受ける友人である。彼が受けることは知っていたし、それなりに親しくもあったが、受験は自分との戦いと識っていたので、敢えて友人たちと集って行こうとは思っていなかったが、ここでばったりあったのだ。入試前日まったり計画は突然に大判狂わせであった。
前日の朝だよ。いくら同じ方角だからって、いくつもある待合室で、同じ時間帯にばったり会うなんてそんな偶然。この時、一つマーフィーの法則を知るのだった。待ち人には中々出会えない世の中、意図しない相手には平気で遭遇する。
新幹線はSと一本違いだった。新幹線の種類によって、停車場所は変わるので、兄がいた分、その余計な停車場所のある駅を通らねばならない新幹線を俺が選んだからだ。もし兄がいなければ、俺はSと同じ新幹線に乗っていたことだろう。
Sは先に新幹線に乗った。健闘を祈ると、そう言った。でも、予感がその時していたのだった。一蓮托生という言葉が頭を過ぎった。また彼とは今日・・・いや、この入試期間中、至る所で意図せずして出遭うに違いない。
決して迷惑だとは思わない。気のおけない友人が近くにいるのならば、却って心の平穏が得られるだろう。だからSがもしそれを望むのならば、俺は快く受け入れよう。しかし、受験は己との戦い。人は言うのだ。孤独と戦うのも受験の一つだと。
今後の指針が立たないチューブラリンの状態で、我々も新幹線に乗る。小一時間。流石に“のぞみ”は早い。あっという間に着いてしまった。
兄はほかって、外に出る。階段を下りる。そして出口に向かう。ほらいたよ。Sを見つけたのだった。いくつかある出口の中で、(俺は)意図せずして出会う偶然は――。Sは笑って、どうせ数分でお前が出てくるから、もしかして出逢えるかなと思って、待っていた、不慣れな町だから、案内してくれよと、言うのだ。
ほらね、予感的中。このチューブラリンが旅の醍醐味なんですよ。何が起こるかわらからない。不測の事態というのが大敵な入試にあってもサプライズを求めるのは、これが一人旅であるからだっ!
そのとき、入試に来てるのかどうかわからないような錯覚に陥っていた。そりゃそうだ、学校の友達が近くにいるのだ。緊張感というものがなければ錯覚も起こすさ。
まだ昼前である。要綱が言うには、まだ下見できる時間ではない。とりあえず宿に行って、荷物を預けることにした。まさかとは思うけど、宿が一緒ってことはないですよね。
さすがに一緒じゃありませんでした。そこまで偶然が重なったら運命を感じてしまうじゃないか。野郎に運命なんか感じたかないよ。本質的に気楽な我々である。明日入試で全力をぶつけていかなければならない余裕である。やはり友達は大切にするといいですよと、後輩に言っておこう。緊張感も必要ですが、安堵感も大切です。
各々分かれて自分のホテルに向かう。ホテルに荷物を預けて、各自適当に食事でもしたら、下見OKな時間になろう。まさか下見でばったり遭遇することはないよなぁ。
あぁ、忘れない内に書いておきますが、Sは今時の高校生には珍しく、携帯電話を持っていません。だから連絡の取り様がないのです。
そして下見に大学へ向かう。その前に、近所にあった神社へ寄って、神様に報告に行ってきた。これから受験に行って参りますと、手を合わせてきた。勘違いしている人が多いですが、神仏に受からせてくださいとか、そういうことを言ってはいけません。自分の力を出し切ってきますと、師に挨拶するように報告するのが正しい祈願だと思うのです。お守りを頂戴した後、大学に行く。
試験会場の中までは入れさせてもらえないようだ。試験会場の外観だけが見える。外に席順などが掲示されている。自分の受験番号と照らし合わせてみたところ、200人の大部屋だった。うわぁ蒸し暑そう。それはいいけど、肝心なのは、机が大学に多くある長机じゃないかということだ。長机だとおそらく三人ほど座らされるのだろうが、そうなると真ん中はデッドゾーンである。出にくいし、両端の人間に神経質になって、気を揉んでしまうことだろう。しかし表の掲示じゃそこまでわからない。まぁ、不測の事態とならないよう、予測しておこう。
Sはそこにはいなかった。あぁ、やっとマーフィーの法則から解法されたのかな。いや、もうこの予感は意図せずして出遭おうという意図があるから、偶然の遭遇はありえないかもしれない。世の中そううまくはいかないのである。
まだお昼過ぎだ。せっかく大学に来たのだから散策していこう、将来のために。そうだ、ついでだから生協に寄って物色でもしていこうかな。
購買の自動ドアが開いた。
吃驚。
Sがそこにいる!?
もう嫌になっちゃう。何だよこの度重なる偶然は。さすがにSも驚いていたようだ。今の世の中携帯電話という便利な道具があるが、そんなもんなくても念じれば人と会うなんて簡単なことじゃないのかねぇ。なーんて思った。
お前教室どこだ? 四階。じゃぁ俺とは違う部屋だな。だな。明日もしかしたら覗きに行くよ。一緒に飯でも食うべ。
みたいな会話を交わして今度こそ別れた。もう受験は孤独との戦いだなんてそんな至言は無くなっていた。
さて、午後から約束があった。懇意にしている大学の先輩方が激励会を開いてくれるというので、顔を出しにいこうと思ったのだ。・・・あれ? もしかして元々一人旅じゃなくなってた? まぁいいや。
こっちは不測の事態ではなかったので問題ない。おいしいケーキを御馳走してもらいました。お蔭様でリラックスできました。夕飯も一緒にどうかと誘われたけど、それなりに詳しいと言っても一応不慣れな町でもあるので、あんまり暗くなるまで外にいても受験生としてどうかと思ったので退散した。
宿へ戻る。夕飯としてコンビニでサラダとファイブミニとミネラルウォーターを買った。飲み物にファイブミニはちょっとしたこだわりです。コーヒーのようにカフェインが強いわけでもなく、栄養ドリンクのように栄養過多になるわけでもない。ちょうどいい感じの飲み物で、腸にも優しいと思った。
ミネラルウォーターもこだわりの一つです。世間ではスポーツドリンクが体内の浸透圧を変えないのでよいとかどうとか言われていますが、あれはそのせいで逆にグビグビ飲めてしまい、水分を取りすぎる結果に終わることも多い。逆にミネラルウォーターは体内の浸透圧を劇的に変えるので、言い換えればその量によって自分の浸透圧をうまいようにコントロールすることができるのです。グビグビ飲むなんてこともないですしね。
部屋はユニットバスも付いていたが、やはりゆっくり浸かりたいということで大浴場へ行った。何だかんだで今日は結構歩いたので、お湯の中で足をマッサージしておく。明日の朝万が一だるいなんてことになってはいけないからね。
ふとテレビを付けたらトリノ五輪がやっていたので、あわてて消した。見てはいけない見てはいけない・・・。明日の用意をして、大学で沢山配られたチラシなんかを見ながら布団に潜った。10時だった。まだまどろんでいないので、かつて解いたmy数学ノートをパラパラとめくる。受験数学の必勝法はパズル感覚が身に付くかどうかである。学校で学んできた知識をいかに問題に結びつけるか、その脳の回路を養うのが受験数学の意図であると最近になってやっとわかっていた。だから、過去に解いた問題を見直すのが、前日の勉強としては最適であろう。普段は復習なんてやりもしない俺にしては珍しい態度である。
あぁ、ついでに友達に激励メールを送ってやろう。文面は“DO YOUR BEST!”か“GOOD LUCK!”かどちらがいいか。努力してきた人間に後者を言うのは失礼な気もするが、逆に努力の限りを尽くしてきた人間に前者を言うのも失礼な気がする。さてどちらにしよう・・・結局後者(または両方)を送ってやった。プレッシャーにはならないよな・・・そんなことでプレッシャーになるような友達は俺にいないはずだ。多分。
横になってふと恐れたのは、確実に明日起きれるかどうかだ。目覚まし時計は6:50にセットした。モーニングコールは7:00に頼んだ。携帯電話のアラームを6:40から10分おきに大音量で鳴るようにセットした。ここまで縛っておいて起きれないわけがないだろう。両親が6:30に電話してくれるそうだ。ならば6:30に起きるつもりでいよう。
そして“この”日はぐっすりと眠れるのだった。
(つづく)
久々の一人旅だ。今日はのんびり行って、のんびり下見して、のんびり散策して、宿でまったりするぞ。
なんて思っていた。同じく受験に向かう兄と方角が同じだったから、わざわざ兄の分の指定席も俺が取っておいてあげたので、新幹線は途中まで二人だが、本質的には一人旅である。本質的には。
新幹線の待合室でぼんやりとしていた。周囲を見ると高校生らしき私服の人間や、どうみても高校生の制服の人間がいる。平日の朝に新幹線のホームだ。どう考えても受験生としか考えられない。仲間が多いなぁ。そうぼんやりしていたら、一人マスクを付けた受験生らしい男が立ち上がった。目が合う。その男は目配せをしてきた。
驚いた。マスクのせいでわからなかったのだ。学校の友人Sだった。しかも、同じ大学の同じ学部を受ける友人である。彼が受けることは知っていたし、それなりに親しくもあったが、受験は自分との戦いと識っていたので、敢えて友人たちと集って行こうとは思っていなかったが、ここでばったりあったのだ。入試前日まったり計画は突然に大判狂わせであった。
前日の朝だよ。いくら同じ方角だからって、いくつもある待合室で、同じ時間帯にばったり会うなんてそんな偶然。この時、一つマーフィーの法則を知るのだった。待ち人には中々出会えない世の中、意図しない相手には平気で遭遇する。
新幹線はSと一本違いだった。新幹線の種類によって、停車場所は変わるので、兄がいた分、その余計な停車場所のある駅を通らねばならない新幹線を俺が選んだからだ。もし兄がいなければ、俺はSと同じ新幹線に乗っていたことだろう。
Sは先に新幹線に乗った。健闘を祈ると、そう言った。でも、予感がその時していたのだった。一蓮托生という言葉が頭を過ぎった。また彼とは今日・・・いや、この入試期間中、至る所で意図せずして出遭うに違いない。
決して迷惑だとは思わない。気のおけない友人が近くにいるのならば、却って心の平穏が得られるだろう。だからSがもしそれを望むのならば、俺は快く受け入れよう。しかし、受験は己との戦い。人は言うのだ。孤独と戦うのも受験の一つだと。
今後の指針が立たないチューブラリンの状態で、我々も新幹線に乗る。小一時間。流石に“のぞみ”は早い。あっという間に着いてしまった。
兄はほかって、外に出る。階段を下りる。そして出口に向かう。ほらいたよ。Sを見つけたのだった。いくつかある出口の中で、(俺は)意図せずして出会う偶然は――。Sは笑って、どうせ数分でお前が出てくるから、もしかして出逢えるかなと思って、待っていた、不慣れな町だから、案内してくれよと、言うのだ。
ほらね、予感的中。このチューブラリンが旅の醍醐味なんですよ。何が起こるかわらからない。不測の事態というのが大敵な入試にあってもサプライズを求めるのは、これが一人旅であるからだっ!
そのとき、入試に来てるのかどうかわからないような錯覚に陥っていた。そりゃそうだ、学校の友達が近くにいるのだ。緊張感というものがなければ錯覚も起こすさ。
まだ昼前である。要綱が言うには、まだ下見できる時間ではない。とりあえず宿に行って、荷物を預けることにした。まさかとは思うけど、宿が一緒ってことはないですよね。
さすがに一緒じゃありませんでした。そこまで偶然が重なったら運命を感じてしまうじゃないか。野郎に運命なんか感じたかないよ。本質的に気楽な我々である。明日入試で全力をぶつけていかなければならない余裕である。やはり友達は大切にするといいですよと、後輩に言っておこう。緊張感も必要ですが、安堵感も大切です。
各々分かれて自分のホテルに向かう。ホテルに荷物を預けて、各自適当に食事でもしたら、下見OKな時間になろう。まさか下見でばったり遭遇することはないよなぁ。
あぁ、忘れない内に書いておきますが、Sは今時の高校生には珍しく、携帯電話を持っていません。だから連絡の取り様がないのです。
そして下見に大学へ向かう。その前に、近所にあった神社へ寄って、神様に報告に行ってきた。これから受験に行って参りますと、手を合わせてきた。勘違いしている人が多いですが、神仏に受からせてくださいとか、そういうことを言ってはいけません。自分の力を出し切ってきますと、師に挨拶するように報告するのが正しい祈願だと思うのです。お守りを頂戴した後、大学に行く。
試験会場の中までは入れさせてもらえないようだ。試験会場の外観だけが見える。外に席順などが掲示されている。自分の受験番号と照らし合わせてみたところ、200人の大部屋だった。うわぁ蒸し暑そう。それはいいけど、肝心なのは、机が大学に多くある長机じゃないかということだ。長机だとおそらく三人ほど座らされるのだろうが、そうなると真ん中はデッドゾーンである。出にくいし、両端の人間に神経質になって、気を揉んでしまうことだろう。しかし表の掲示じゃそこまでわからない。まぁ、不測の事態とならないよう、予測しておこう。
Sはそこにはいなかった。あぁ、やっとマーフィーの法則から解法されたのかな。いや、もうこの予感は意図せずして出遭おうという意図があるから、偶然の遭遇はありえないかもしれない。世の中そううまくはいかないのである。
まだお昼過ぎだ。せっかく大学に来たのだから散策していこう、将来のために。そうだ、ついでだから生協に寄って物色でもしていこうかな。
購買の自動ドアが開いた。
吃驚。
Sがそこにいる!?
もう嫌になっちゃう。何だよこの度重なる偶然は。さすがにSも驚いていたようだ。今の世の中携帯電話という便利な道具があるが、そんなもんなくても念じれば人と会うなんて簡単なことじゃないのかねぇ。なーんて思った。
お前教室どこだ? 四階。じゃぁ俺とは違う部屋だな。だな。明日もしかしたら覗きに行くよ。一緒に飯でも食うべ。
みたいな会話を交わして今度こそ別れた。もう受験は孤独との戦いだなんてそんな至言は無くなっていた。
さて、午後から約束があった。懇意にしている大学の先輩方が激励会を開いてくれるというので、顔を出しにいこうと思ったのだ。・・・あれ? もしかして元々一人旅じゃなくなってた? まぁいいや。
こっちは不測の事態ではなかったので問題ない。おいしいケーキを御馳走してもらいました。お蔭様でリラックスできました。夕飯も一緒にどうかと誘われたけど、それなりに詳しいと言っても一応不慣れな町でもあるので、あんまり暗くなるまで外にいても受験生としてどうかと思ったので退散した。
宿へ戻る。夕飯としてコンビニでサラダとファイブミニとミネラルウォーターを買った。飲み物にファイブミニはちょっとしたこだわりです。コーヒーのようにカフェインが強いわけでもなく、栄養ドリンクのように栄養過多になるわけでもない。ちょうどいい感じの飲み物で、腸にも優しいと思った。
ミネラルウォーターもこだわりの一つです。世間ではスポーツドリンクが体内の浸透圧を変えないのでよいとかどうとか言われていますが、あれはそのせいで逆にグビグビ飲めてしまい、水分を取りすぎる結果に終わることも多い。逆にミネラルウォーターは体内の浸透圧を劇的に変えるので、言い換えればその量によって自分の浸透圧をうまいようにコントロールすることができるのです。グビグビ飲むなんてこともないですしね。
部屋はユニットバスも付いていたが、やはりゆっくり浸かりたいということで大浴場へ行った。何だかんだで今日は結構歩いたので、お湯の中で足をマッサージしておく。明日の朝万が一だるいなんてことになってはいけないからね。
ふとテレビを付けたらトリノ五輪がやっていたので、あわてて消した。見てはいけない見てはいけない・・・。明日の用意をして、大学で沢山配られたチラシなんかを見ながら布団に潜った。10時だった。まだまどろんでいないので、かつて解いたmy数学ノートをパラパラとめくる。受験数学の必勝法はパズル感覚が身に付くかどうかである。学校で学んできた知識をいかに問題に結びつけるか、その脳の回路を養うのが受験数学の意図であると最近になってやっとわかっていた。だから、過去に解いた問題を見直すのが、前日の勉強としては最適であろう。普段は復習なんてやりもしない俺にしては珍しい態度である。
あぁ、ついでに友達に激励メールを送ってやろう。文面は“DO YOUR BEST!”か“GOOD LUCK!”かどちらがいいか。努力してきた人間に後者を言うのは失礼な気もするが、逆に努力の限りを尽くしてきた人間に前者を言うのも失礼な気がする。さてどちらにしよう・・・結局後者(または両方)を送ってやった。プレッシャーにはならないよな・・・そんなことでプレッシャーになるような友達は俺にいないはずだ。多分。
横になってふと恐れたのは、確実に明日起きれるかどうかだ。目覚まし時計は6:50にセットした。モーニングコールは7:00に頼んだ。携帯電話のアラームを6:40から10分おきに大音量で鳴るようにセットした。ここまで縛っておいて起きれないわけがないだろう。両親が6:30に電話してくれるそうだ。ならば6:30に起きるつもりでいよう。
そして“この”日はぐっすりと眠れるのだった。
(つづく)
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