哲学な道

2005年12月9日
哲学な道
 写真はあんまり関係ないです。この頃京都に憧れる日々。

 友人のミスターインテリが、こんなことを言っていた。

 ミスター「昔何かで誰某さんの何其という観念論があるのを知って、それは一体どういう素晴らしい思考体系を持つのだろうと期待していたんだけれど、今になっていざ勉強してみたら、特に大したことは言ってなくてがっかりした」

 最近は目下のせわしさに追われて、思索の日々を満喫することもできず、却って高等遊民な会話にはほとほと愛想が尽きてきたのでその場は適当にあしらったけれど、よく考えてみれば当然の話だ。勉強して身に付いたならば、その思想はもう誰某氏の手から離れて、自分のものになってしまったわけだから大したことなくなるのは必定だし、昔に比べてそれなりの素養も付いてきたんだから昔のような感動も無かろう。

 ここでは自分の素養が止揚したことを喜ぶべきなのに、なんで思想家に幻滅する必要があるのかね。自讃できる機会がありながら、それに気づけないなんて可哀想に。今度教えてあげよう。

 倫理学というのは理屈を学ぶものではなく、人間を学ぶものであると思った。しからば相対性理論だって哲学だ。人は数式に感動するのではなく、アインシュタインに憧れるものなのだ。

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