あの世の世界

2003年3月10日
 宗教思想の根底には必ずと云っていいほど“死に対する恐怖”がある。死んだらどうなってしまうのか、死んだらどこへ往くのか、死んでもまだやり足りない、死にたくない・・・仏陀を始め数多くの人々が自問自答して悩んだことであり、今も尚多くの人々を苦しませている難題である。

 そこで“あの世の世界”なんていう存在(あるいは概念)が生まれた。死んだら肉体から魂が開放されて、この世とは別の世界に送られる。“あの世の世界”は昔死んだ人から今死んだ人まで幸福に生きている。

 天国、極楽、桃源郷など様々な宗教にそれが見られる。しかし、私はあの世の世界があること自体が怖い。あの世の世界なんて無いほうがよっぽどいいと思っている。

 何で死んでもまだ人格を持ち続けなくてはいけないのか、と云ったらあの世の存在理由に矛盾するが、“死”という分岐点を迎えたのに、場所が違うだけで今と同じ生活をしているなんて、しかも転生するまで永遠に消えることができないわけだから非常に不合理。“死”の意味を失う。私は“死”が単なる通過点だという考えを持ちたくない。

 睡眠に落ちている時、夢を見ているときと全くの無意識のときがある。つまり、人格がその時点で消滅しているということは誰しもが体験していることだ。一方浅い眠りのときに人は夢を見ている。あの世の世界があるということは夢を見ていることと同じようなものだ。

 死んでも尚夢を永遠に見続けなくてはならない。こんな恐怖があるだろうか。いっそのこと永眠と云うように、熟睡して人格を消滅してもらった方がどんなに楽なことか。

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