コーヒーバーベット
2003年2月3日「―――わかりますか。可能性をこうして削ぎ落として、論理の向こう側に現れる人物はあなたしかいないんですよ、藤原さん」
藤原はここまで理路整然と追い詰められてもその表情をピクリとさせることはなかった。濁ってはいるが、明らかに深いその目に動揺はない。尋問しているのはこちらなのに、探偵、栗田伍郎は何か誤りを仕出かしているのではないかと、気が気でなかった。
赤いカーペットがその広さを象徴している会長室のテーブルには、藤原の秘書が用意したコーヒーが3杯置かれている。素人目で見ても高級な面立ちのコーヒーカップだ。部屋にいる藤原と伍郎と直美に用意されたものだが、その張り詰めた緊張からか誰も手を付けていない。
しかし、延々と喋ってきて伍郎の喉は枯渇して潤いを求めていた。螺旋状の刻みのある、カップの取っ手を右手で握る。鼻腔を香ばしい風味が抜けていく。コーヒーを口に含もうとしたとき、
「賭けをしないか」
不躾なほど押し黙っていた藤原がついに喋りだした。伍郎は慌てて口からカップを放した。今まで一言も喋らなかった藤原が喋りだしたのだ。コーヒーを飲んでいる場合ではない。
「賭け、ですか?」
藤原は、テーブルに残された2つのカップの1つを手に取った。
「実はな、このコーヒーの内つに、致死性の毒が溶かしてある」
「毒だって!」
「う、嘘・・・」
伍郎の隣に座っている直美が、微かな声で云った。
「嘘ではない」
向かいに座っている藤原は、カップを持ったままソファを立ち、観賞用の熱帯魚が泳いでいる水槽まで向かった。
「その証拠を見せよう」
藤原は、カップの中身を水槽に流し込んだ。透明なグリーンを黒い筋が、毛細血管のように侵されていく。一瞬、中の熱帯魚が困惑した表情をしたように見えた。そして、口をパクパクさせ出した。水槽が黒に染まる。全ての熱帯魚は、体を半回転させ水面に向かって浮かんでいく。瞼を持たない目に、生気は感じられなかった。
「魚が死んだ・・・本当にこの中に毒が・・・」
直美の顔は青ざめていた。
「残り2つのコーヒーカップのどちらかを飲めば、あの魚のようになる。ベットは互いの命。魚と同じ運命を辿った方の負けだ」
「こんな馬鹿らしい賭けに乗れるものか」
伍郎は、恐怖を感じていた。
「パスは許されない」
藤原は淡々とした言葉で言う。
「ご、伍郎・・・あれ・・・」
直美の指差す先には、掌に収まる程の小型の拳銃が握られていた。銃口は直美に向けられている。
「君が断れば、ガールフレンドと心中してもらおう。大丈夫、君が死んだら彼女は丁重にお送りするよ。私が死んだら、この部屋から早々に立つと良い。骸は秘書の夏目君が片付けてくれる」
「しかし、お前はどちらに毒が入っているのか知っているんだろう?」
魚を殺すには、どれに毒が入っているかわかっていないとできない。
「だから、先に君に選ばせてやろう。残りを私が飲む」
「片方が無毒だという保障はない」
「私は、嘘を付くことはあるが、約束を破ったことは無い。それは、君のお父さんがよく知っているはずだ。当然君もな」
伍郎の手は震えていた。先程から握られているカップは、カチャカチャと音を立てる。
「君が最初に選んだカップをそのまま飲み干すのも良い。テーブルに残された、最後の希望と交換するのも良い」
最後の希望・・・しかし、それと取り替えたからといっても救いの運命が待っているとは限らない。
「伍郎、やめて!」
「君は黙っていろ!」
伍郎は、叫んだ。直美まで道連れするわけにはいかない。
(どちらかに毒が入っている・・・生きるか死ぬか、二分の一のゲーム)
藤原は、ラスベガスの一世一代の賭けに勝ち、大財閥を築いたと聞く。おそらく、彼は賭けの対象に自分の命を差し出すことに躊躇わないのだろう。伍郎の父も、彼との賭けに負けたらしい。
藤原は危険な男だ。いくら奴が約束に関して誠実であったとしても、自分が死んで人質の直美が無事であるという保障は無い。
伍郎は、この二分の一の賭けに勝つ方法・・・せめて有利に立つ方法を短い時間の間で必死に考えていた。
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有利に立つ方法を考えてください(^ー^)
藤原はここまで理路整然と追い詰められてもその表情をピクリとさせることはなかった。濁ってはいるが、明らかに深いその目に動揺はない。尋問しているのはこちらなのに、探偵、栗田伍郎は何か誤りを仕出かしているのではないかと、気が気でなかった。
赤いカーペットがその広さを象徴している会長室のテーブルには、藤原の秘書が用意したコーヒーが3杯置かれている。素人目で見ても高級な面立ちのコーヒーカップだ。部屋にいる藤原と伍郎と直美に用意されたものだが、その張り詰めた緊張からか誰も手を付けていない。
しかし、延々と喋ってきて伍郎の喉は枯渇して潤いを求めていた。螺旋状の刻みのある、カップの取っ手を右手で握る。鼻腔を香ばしい風味が抜けていく。コーヒーを口に含もうとしたとき、
「賭けをしないか」
不躾なほど押し黙っていた藤原がついに喋りだした。伍郎は慌てて口からカップを放した。今まで一言も喋らなかった藤原が喋りだしたのだ。コーヒーを飲んでいる場合ではない。
「賭け、ですか?」
藤原は、テーブルに残された2つのカップの1つを手に取った。
「実はな、このコーヒーの内つに、致死性の毒が溶かしてある」
「毒だって!」
「う、嘘・・・」
伍郎の隣に座っている直美が、微かな声で云った。
「嘘ではない」
向かいに座っている藤原は、カップを持ったままソファを立ち、観賞用の熱帯魚が泳いでいる水槽まで向かった。
「その証拠を見せよう」
藤原は、カップの中身を水槽に流し込んだ。透明なグリーンを黒い筋が、毛細血管のように侵されていく。一瞬、中の熱帯魚が困惑した表情をしたように見えた。そして、口をパクパクさせ出した。水槽が黒に染まる。全ての熱帯魚は、体を半回転させ水面に向かって浮かんでいく。瞼を持たない目に、生気は感じられなかった。
「魚が死んだ・・・本当にこの中に毒が・・・」
直美の顔は青ざめていた。
「残り2つのコーヒーカップのどちらかを飲めば、あの魚のようになる。ベットは互いの命。魚と同じ運命を辿った方の負けだ」
「こんな馬鹿らしい賭けに乗れるものか」
伍郎は、恐怖を感じていた。
「パスは許されない」
藤原は淡々とした言葉で言う。
「ご、伍郎・・・あれ・・・」
直美の指差す先には、掌に収まる程の小型の拳銃が握られていた。銃口は直美に向けられている。
「君が断れば、ガールフレンドと心中してもらおう。大丈夫、君が死んだら彼女は丁重にお送りするよ。私が死んだら、この部屋から早々に立つと良い。骸は秘書の夏目君が片付けてくれる」
「しかし、お前はどちらに毒が入っているのか知っているんだろう?」
魚を殺すには、どれに毒が入っているかわかっていないとできない。
「だから、先に君に選ばせてやろう。残りを私が飲む」
「片方が無毒だという保障はない」
「私は、嘘を付くことはあるが、約束を破ったことは無い。それは、君のお父さんがよく知っているはずだ。当然君もな」
伍郎の手は震えていた。先程から握られているカップは、カチャカチャと音を立てる。
「君が最初に選んだカップをそのまま飲み干すのも良い。テーブルに残された、最後の希望と交換するのも良い」
最後の希望・・・しかし、それと取り替えたからといっても救いの運命が待っているとは限らない。
「伍郎、やめて!」
「君は黙っていろ!」
伍郎は、叫んだ。直美まで道連れするわけにはいかない。
(どちらかに毒が入っている・・・生きるか死ぬか、二分の一のゲーム)
藤原は、ラスベガスの一世一代の賭けに勝ち、大財閥を築いたと聞く。おそらく、彼は賭けの対象に自分の命を差し出すことに躊躇わないのだろう。伍郎の父も、彼との賭けに負けたらしい。
藤原は危険な男だ。いくら奴が約束に関して誠実であったとしても、自分が死んで人質の直美が無事であるという保障は無い。
伍郎は、この二分の一の賭けに勝つ方法・・・せめて有利に立つ方法を短い時間の間で必死に考えていた。
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有利に立つ方法を考えてください(^ー^)
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